漫画家、イラストレーターとして活躍されていたフジモトマサルさんの仕事を1冊にまとめた書籍が発売されました。
[本]フジモトマサルの仕事(コロナ・ブックス 221)(amazon)
平凡社 2020.4.27発売 1800円+税 ISBN:9784582635201
これまで様々な媒体で発表されたイラストや文章から、1994年のデビューから2015年に亡くなるまでのフジモトさんの仕事ぶり、人となりを振り返ることができる内容になっています。
ブルボン小林さんや穂村弘さんなど、生前に交流のあった方によるエッセイ、村上春樹さんによる寄稿も掲載されています。
本の中では単行本未収録の作品や、雑誌での記事もいくつか掲載されています。僕は一応フジモトファンではあるので、ある程度はチェックをしていたつもりでしたが、中には全然知らないものもたくさんありました。特に驚いたのが雑誌『イラストノート』(2009年12月号)に掲載されていたという制作風景の記事、『書評王の島』vol.5(2012年)に掲載されたロングインタビューの記事の2つ。フジモトさんが亡くなった時、僕は闘病していることすら知りませんでしたが、3年も前に病気について語っているインタビューがあったんですね。
巻末にはフジモトマサル略年譜という、フジモトさんの仕事を時系列にまとめたページがあり、生い立ちに始まり、これまでどんな雑誌やWebに連載を持っていたか等がまとめられています。ただ、連載に関しては一部載っていないものもあるっぽいです。フジモトさんの著作の中には連載をまとめたものなのか、描き下ろしなのかが分からないものがいくつかあるので、その辺もフォローして欲しかったです。ここは自分で調べるしかないか…。
ここからはせっかくの機会なので、個人的な話。僕がフジモトさんのファンになった経緯を振り返ってみたいと思います。と言っても、フジモト作品との出会いについてははっきり覚えていないんですよね。このサイト用のネタ集めをする中で見つけたんだと思います。
当サイトでフジモトさんの名前が最初に出てくるのが、2002年1月21日。「どんぐりトピ」 という気になったニュース記事を羅列で紹介するページで、『スコットくん』を紹介したのが最初のようです(と言ってもAmazonへのリンクをしただけ)。その後、2002年6月1日 に『こぐまのガドガド』を取り上げてちょっとした感想を書いています。
その後、ちゃんとしたトピックスとして著書を紹介したこともありますが、確認してみたところ、ブログ化前の時代に2回だけしか取り上げていませんでした。
[本]ウール101%/フジモトマサル 2004.2.11 [本]という、はなし/吉田篤弘・文、フジモトマサル・絵 2006.3.6
なんでこんなに少ないんだっけと思ったら、あれですよ。僕のサイトで取り上げることによって、フジモトさんの本を"キャラクター絵本"だと勘違いしてほしくなかったから、だったんでした。なので、取り上げる際はいつもメモのカテゴリーで報告をしてたんですよね。
メモカテゴリーでは購入時の報告の他にも、イベントレポートや訃報の際の文章も書きました。
穂村弘×フジモトマサル トークイベントに行ってきた 2009.9.18 終電車ならとっくに行ってしまった 2010.12.28 フジモトマサルさん。 2015.11.29
イベントのことは特に記憶に残っています。"これを逃すと2度とないのでは"なんて書いてますが、実際には2011年に名久井直子さんとのトークイベントも開催されています。ただ、そっちには参加できなかったので、僕にとっては本当に2度とない機会となってしまったのでした。この時に話題に出た、解剖台の上にミシンと雨傘が乗っているイラスト、今回の本のカバーをめくった表紙にも使われていて「おおっ」となりました。
フジモトさんのことで、どうせならもう1つ書いておきたいことがあるので続けます。それは絵の上手さについて。フジモトさんの絵って本当に上手いなと僕は思っているんですが、そもそも絵が上手いってどういうことなんだろうっていうのをフジモトさんには勝手に教えてもらったんですよ。
それはフジモトさんの著作、『ダンスがすんだ 猫の恋が終わるとき』と『キネマへまねき みぎからよんでもひだりからよんでも』でのことです。
▲最近、『キネマへまねき』も手に入れました(それまでは図書館で借りてた)。
『ダンスがすんだ』はフジモトさんの本の中でいちばんと言ってもいいくらい好きな作品なんですが、簡単にどういう内容なのか説明しますと、見開きで回文とその内容をイラスト化したものが載っていて、それが全編に渡って1つのストーリーとして繋がっているんですね。
この作品、既に絶版になってしまっていたフジモトさんのデビュー作、『キネマへまねき』を再発売するに当たり、ストーリーに若干の変更を加えた上で全編描き直したものなんです。発売にはちょうど10年の開きがあるため、見比べることでデビューから10年経た1人のイラストレーターがどれだけの進化を遂げたのか、如実に実感することができるというわけです。
ちなみに当時、フジモトさんご本人は『ダンスがすんだ』についてこのように語っています(当時のフジモトマサル公式サイトの日記 より引用)。
まことに遺憾ながら、画力が大変上達してしまったうえに ドラマチックな演出を凝らした為、 旧バージョンとくらべて中身の迫力が段違い。 8ミリ自主制作映画と35ミリフィルム劇場用映画ぐらいの違い、 戦艦大和と宇宙戦艦ヤマトぐらいの差があります(当社比)。
ご本人も画力が大幅に上達したという自信があったようです(笑)。実際にどんな感じなのか、1組のイラストだけ引用させてください。
まずは『キネマへまねき』(1994, 徳間オリオン, P84-85)から。これは、人間にこき使われていた猫たちが、団結して立ち向かおうと決意を固めるシーンです。 会議室のような場所に猫たちが集まって話し合っている様子が見て取れます。状況を説明するイラストとしては十分だと思うし、ほのぼのとしたタッチもストーリーとのコントラストがあって、これはこれでいいイラストだなぁと思うんですよ。
続いて『ダンスがすんだ』(2004, 新潮社, P84-85)の同じ場面を描いたイラストです。一目見て、絵としての完成度の高さが全然違います。同じ場面を描いているはずなのに、なぜこうも印象が違って見えるのか、じっくり見比べてみるといくつかの違いに気づきます。
まず大きく違うのがカメラアングルが猫の目線により近くなったことで、部屋の天井が描かれているところです。その天井にはむき出しのパイプが数本描かれていて、よく見ると水漏れしている箇所もあります。
これらの描写により、ここは会議室ではなくて、地下にある今は使われていない空き部屋を秘密のアジトにして夜な夜な集まっているんじゃ、なんて想像させられます。
また、天井とそこから低く吊り下げられた照明により、空間的な閉塞感が生まれ、猫たちの行き場のない重苦しい心情が伝わってくるようです。
2枚の絵とも、壁には旗とリーダー的な人物と思われる肖像が飾られています。ただ、『キネマ~』の方はお飾りの王様のような猫が描かれているのに対し、『ダンス~』の方では眼帯をした目つきの悪い猫が描かれています。
そのため、この集まりは目的のためには非合法な手段も厭わないような組織になっていくのではないかといった、その後の展開に不穏な空気を感じさせることにもなっています。
以上のような情報量の違いがありながら、絵の描き込み量にはそこまでの違いを感じさせないのもすごいです。いかにシンプルに、何を描き、何を描かないのかがきちんと整理されていることが分かります。
上手い絵を描くっていうのは、きちんとしたデッサンで綺麗な線で描くことだけじゃないんだと、2つの絵を見比べることで気づかせてくれたのです。
→[本]フジモトマサルの仕事 (平凡社の紹介ページ) →フジモトマサルの仕事 (公式サイト)