『マザー2』の視点、『マザー2』への視線
『マザー』は俺の箱庭かもしれない
糸井重里インタビュー
俺が飲みたいのは安全でうまい、ただの水だよ
――『マザー2』をやり終えた人の感想を聞くと、おおむね好評ですね。パソコン通信のゲームフォーラムとかよく見るんですけど、いいこと書いてますね。
うれしいねぇ。パソコンネットって閉ざされた空間だから、皆ボロクソ言うじゃないですか。前作の時は、結構アラ探しされてね。「この人たちには、僕もうだめかもしれない」って思ったくらい。でも『2』は好評で、あ、ここで通じてるってことはもういいやって。
――唯一、ハード的なとこで、よくいう「重くなる(キャラクターの動きが遅くなる)」っていうのが目立ちましたけど。
処理オーバーね。
――ただ、その部分を犠牲にしても落としたくなかった部分と言うのが、あったわけですよね。
でなければ、文字は無制限だとか、音は8メガ(『マザー2』の総容量は24メガ)だとか、そんなバランス悪い配分しないですよ(笑)。
――音へのこだわりはすこいですよね。どのくらい口出してます?
それはもう僕以上に気持ちわかってくれてる人(音楽・鈴木慶一、田中宏和)だから。イントロはこんな感じねというくらい。あと、音作ってる人がフォント(文字)が出てくるスピードだとか間だとかに、すこくうるさい人でね。あんまりつっかえてるんでバグったかなと思うと「………つまり」って言い出すとかね(笑)。
――今までにないですよね。
あれも古くさい音で出てくるとかウィンドウがしょぼいとか言われたんだよー、さんざん。何を見てるんだと思うよね。中の文字が面白くなかったら何にもなんない。例えばさ、水道管が走ってるところにソフトという水を流すとするよね。そしたら、うちは七色の水が出るとか、赤い水だとか、ミント味だとか、いろんな売り方する人たちがいるよ。それっていうのは、「ソフト内ハード」を売ってるわけじやない? だけど、俺が飲みたいのは「安全でうまいただの水だよ」って。水道なんだもん。何杯飲んでも飲み飽きないし、明日も飲むだろうなという水が流せたら、色はない方がいいなって。そういう気持ちで作ってるから。
貧しい人たちだけ寄り添って生きなさい
だけど、(最近のゲームは)絵っていえば、どんどんリアリズムになっていってるよね。写実に似てるのが立派だっていうんなら、銀行のカレンダー褒めるおばさんと同じだよ。ちびまるこちやんの絵なんて、描くのに時間はかからないけど、面白いから売れるわけじゃない? だけど、あれファミコンでやったら、絵がちゃっちいって言うか(笑)?言うんだよ(笑)。そのどうしようもない貧しさについて、俺は「貧しい人たちだけ寄り添って生きなさい」と。だから、前に買ったソフトが七色だったといって喜んでる人に対しては、「いや、すいませんね」ってあやまるしかないですよね(笑)。
編集部 このゲームをやってた時に、最後の方まできて、すこく「終わらせたくない」って思ったんですよ。でも、『マザー2』のそう感じさせる性格に対しても、不満を持った人たちがいるわけですよね。
それは、例えば子供って、「寿司食いに行くぞ」って言うと喜ぶじゃ
ない。でも、同じ寿司でもうまい寿司とまずい寿司があるよね。その寿司なら食いたくないと思うのが大人じゃない。だけど、「寿司だ」っていって喜んでる子供に、「これはうまい寿司だよ」ってわからせてあげるのは難しいよね。だったら、3つじゃなくて5コくれって言われた時には、「じゃあ、お前は1人で回転寿司でも行ってくれ」と言うしかないよ。俺は「商売
人」じゃないから、そっち側の人もこっちに入れてという売り方はできないと知ってるから。じゃあ、君たちは寿司なら何でもいいという寿司を食いなさい、と。あ、でも、もしかしたら、俺のつくったものはおにぎりかもしれない。素朴なはずだから。
同じ文化で育った友だちが作ってるゲーム
――大人が楽しめるゲームを作ってやろうという気合いはありました?
うん、もちろん。だって、『FF』やらない人増えてるもんね、大人には。それとね、ファミコンしない子から、ファミコンする子は「カッコわるい」って言われてるよね。マンガ好きな子たちが「あ、コミケ行ってる子ね」って言われてモテなくなるのと同じように。だから、夢は、家ではファミコンする子がモテるというか…。
――「モテる子もする」ファミコンってことですよね。
そうそう。危機感あるんですよ。
――まずいんですよね。その辺、ほんとうに。
バンドマンだからってモテたりするようなのと、同じにおいがなきゃダメ。
――だから思うんですよね。そういうふうに思ってたアートぶってるやつが『マザー2』の音楽を聴いて「あ、いいじゃん」ってぶっとんだりしたら、それきっかけになるじゃないですか。
そう、「何?これ、フレットレスペースの音じゃん」とか。だから、「同じ文化で育ってきた友だちがつくつてるゲーム」っていうふうに、なりたいよね。ビーイングがプロダクションシステムで、バンバン作るレコードが最高!っていうのばっかりじゃないじゃない?
――でも面白いのは、ああいうのをよく聴いてる子たちに限って、ビーイングという構造をほとんど意識してないんですよね。
だったらフリッパーズギターとかさ、ちょっと匂いはさせて欲しいよね。
――「匂い」ですよね。『マザー2』に関して意識した、その匂いというのはどの辺なんでしょうね。
全部…してるんじゃないですか。ストーリー、セリフが中心だけど。リアリティーのある人出してますよね。そうじゃないセリフに関して欲求不満だったから。
『マザー2』に出てくる大人って嘘つくじゃない
――セリフもそうですが、ゲームがつくりあげた「お約束」というものをく
ずす方向での工夫がたくさんありますよね。
そんなことないよ。ちやんと守ってるよ(笑)。
――いや、守った上でさらに。
うん。…例えば、『マザー2』に出てくる大人ってウソつくじゃない。ゲームの中でウソつくことって、機能としては矢印が確かじゃなくなるよね。あっちに行けってことだけ言ってくれればいいのに、「あっちに…行ったら…やだぞ」とか言うやつがいたら、ゲームの機能としては困るんだよ。でも実際に俺たちは、そういう正直に言わない人たちに囲まれて生きてるわけだよね。だとしたら、ゲームの中にそういう奴が入ってくるのはおかしくないはずだし、俺にとって当たり前なんだよ。それが「なじむ」という人は、そのこと知ってる人だよね。
――セリフの話に戻るんですが、プレイヤーにゲームの外の世界を意識させちゃうセリフが相当多いですよね。その辺、意図的なものですか?
意図的ですね。要するに、ゲームとして全部表現しきれるはずがないんですよ。あの世界は別に現実のリアリズムじゃないわけで、ゲームだからといったお約束ごとでぎりぎり保ってる。時々ガス抜いてあげないと、嘘くきさがものすごく強調されるんですよ。だったら「遊びなんだから」っていう。
――『マザー2』の大筋ってのは、やっぱり「運命の勇者」じゃないですか。そこの所で、ディティールのリアリティーとのギャップを感じる、それを埋めてくれますよね。
それをしないと、たぶん埋まらなかったんじゃないかなあ。
――あのカメラマンもそういう仕掛けじゃないかと思ったんですが。
でも、あれを何とか自然なものと思うためのロジックを考えつく人いたよ。それはね、けっこう感心した(笑)。
――メタの世界を受け入れられない(笑)。
そう、メタじゃないの。あの世界の中であのカメラマンを居させてあげるにはどうしたらいいか、ってことなのよ。子供っぼいんだよね。そっちの方が、ほんとはね。メタだということですませる方が楽しいんですよね。
――っていうか、そういう考えを受け入れられないのかなあ。
でしょうね。
スーパーマリオの絵でRPGをつくりたい
――『FF』というのは、そのメタの視線を絶対拒否する世界なんだけど、にもかかわらず、「一方そのころ」みたいなこと平気でやるじゃないですか。『マザー2』であの仕掛けを使うことに躊躇はなかったですか?
あれは、あるリズムの中でしかやれないものを順番に追いかけていくのと、一気に片づけて気持ちいい方に持っていくのとどっちが楽しいかという選択ですね。
――短く抑えてあることは確かですよね。
抑えたかったんですよ。やり方はもっといろんな工夫があると思うんですけどね。5年も遅れたけど、10年かかってたらもっとあったのかもしれないな。例えば、自分たちがやってきたことをホテルのTVで見れたりしたら面白いじゃない。それは、時間と労力が無尽にあったら、やりたくなっちゃうねえ。でもね、本当にやってみたいのは、これは田尻(田尻智・ゲームフリーク代表)が言ってくれて嬉しかったんだけど、「初めて戦闘シーンになった時に、あ、これ、RPGだったんだって思い出した」って。つまり、画面のトーンやタッチがアクションゲームなんですよ。
――あ、なるほど。操作感覚も近いですよね。
そう、で、俺はそれで全部通せたら一番面白いと思ってるんです。アクションゲームってね、豪華なんですよ。約束に満ちてないの。だから、スーパーマリオのあの絵のままでRPGができたら面白いだろうなというのがこの『マザー2』の大きな骨格なんですよ。
――戦闘への突入方法も、その辺を追求した結果ですよね。
本当にのろい敵だったら、逃げられるし。あの辺の遊びは、アクションゲームですよね。だから、それが全部にできるかっていうと・・・。コントローラーさばきが上手いやつが勝つならRPGの面白さはなくなるし。……まだまだですな。
戦闘がなくても面白いRPGはつくれるはず
まだ、「ゲーム」の話として「ゲーム」を語ってるんで、ゲーム性という部分を取り払っても、ゲーム――ゲームといわれるロムの中に入っている遊び――が成り立つというところまで、1回戻ってみる必要はあると思っ
てるんですよ。ちょっと冒険かもしれないけど、それでお客さんが逃げなかつたら面白くなるねぇ、あのロムの世界は。任天堂がアメリカでファミコンのことを「任天堂エンターテインメントシステム」っていってるじゃない?ゲームって一言も言ってない。それを活かしてみたいんだよなあ。
――具体的なイメージが伝わってこないんですが、それというのは、いわゆるインタラクティブ性は残す…?
残す。
――ってことですよね。
宮本さん(宮本氏・任天堂プロデューサー)がね、ずーっとRPG嫌いで、「戦闘要るんですかね」ってよく言うんだよ。「じゃんけんですまないですか」とかね。「要るんですかね」って言われたら、「ないと、あっという間にゲーム終わっちゃうよ」っていうすごい消極的な気持ちと、あと、戦闘ないとストレスがないんで、前に進む時の摩擦感がないんですよね。
――それがゲーム性ってやつですよね。
で、何とかライブ感を出すためにドラム方式(体力の表示方法)入れたり、戦闘突入前にモンスターと追っかけっこさせたり。それでもまだ「なくちゃいけないの?」って言われるんですよ。
――それは、戦闘に飽きちゃったからな訳で、最初の『ドラクエ』やった時には、戦闘ってのは大事なゲーム性だったんですよね。
ちょうどね、ビール工場の見学に行くと、若ビールっていうビールがあるんだけど、それって、本当に熟してない、アルコールも低くて麦の匂いがものすごいするビールなの。その冷やしたのを飲むと「こりゃあうまい!」って皆言うんだよ。「ビールって、もしかしたらこれが原点ですね」とか(笑)、もう言葉を極めて絶賛するわけ。だけど、商品化したら絶対売れないと思うんだよ(笑)。オレンジジュースをビールと同じ分量飲めないでしょ。そんなような欠点を麦ジュースみたいな若ビールが持ってんですよ。つまり早い話が、俺はストーリーも、何をどうしたらトクかも、全部知っていながら、製品になったロムをまだ遊んでるのは、戦闘なかったらどうかっていうと、やんないと思うんだよ。でもやるゲームをつくれって言ったら、頑張るよ!! そういうつもりはあるんだよ!! だから、戦闘に代わるストレスは何かってことなんだよね。
――あと、終わったあとの経過時間の感覚っていうのは、やっぱり戦闘やってきたから……。
ですねー。その辺、今、ちょっと考えてることがあって……例えば、『マザー2』の中にもあるんですよ。時間延ばしじゃなくって、その時間が大事だなと思えるようなことって。あの、ゾンピホイホイをテントに仕掛ける時に一泊するじゃないですか。あそこでかかる時間というのは決して短くないんですよね。けっこう手続きが要る。あれをむしろ喜んでやってるふうに見てくれるのが夢だったんですよ。ああいう加速感というのは出せないことはないんだと思います。そこんとこね、何とかちょっと頑張るよ。『3』は、ちょっとその辺、本気で頑張るよ。
(1994年9月6日・任天堂東京支店にて収録)
●インタビュー 石埜三千穂
●構成 生島綾子
必本スーパー(宝島社)94年11月号より