えーっと、僕は何年か前に一時期九州に住んでたことがあったんですが、その時に、姉と妹の2人が福岡へ観光にやってきまして、ついでだからと僕が案内役に駆り出されてしまったことがあったんですよね。まあでも僕もあまり知らないので、結局はガイドブック持参の兄弟のあとをついていったようなものだったんですけども。
その時に福岡ドームも間近で見てみようとなりまして。その時はお昼だし、ドームで何かやってるわけでもなくて、ただ外から見ただけだったんですね。
んで、おなかがすいたから何か食べようということになったんです。ちょうどドームに隣接した敷地にファミレスがあって、その前を歩いていたら、店の前で男の人が呼び込みをやってるんですよね。
「今ならお得なバイキングタイムですよ〜」
ってな感じで。なんだろうと思って3人して近くに行って見てみると、ホントにお得そうだし、ディスプレイの見本もおいしそうだしで、ここでお昼を食べようということになったんです。
お店の名前は「ホークヴィレッジ」というところで。
その日はたしか土曜日で、まあドームでも何もやってなかったからだと思うんだけど、店の中は絵に描いたようなガラガラ状態。僕らの他にはカップル1組と、2歳くらいの女の子とその両親という構成の親子連れ1組がいるだけで。まあ、だから静かだし、窓の外から見える海の景色もきれいなんですよね。そして期待のバイキングもおいしいし、種類も量も豊富で、「ああ、ここにしてよかったなぁ〜」と満足してたわけなんですが。
「今から、ホークファミリーのキャラクターショーが始まります!」
夢中でバイキングを食べているというのに、突如、上のようなナレーションが店内に入りまして。え、どっかこの近くでやるのかな〜、と思うや否や、着ぐるみ一同が店内へぞくぞくとご入場ですよ。
「え、ここでやるの!?」ってその時はじめて気がついたんですよね。よく見ると出入口と反対側の場所にステージ状のスペースがあって。どうやらこのお店では月2回、キャラクターショーの日というのがあったそうで。僕らはちょうどその日の、今から始まりますよって時にタイミングよく入店してしまったというわけだったのです。
「呼び込みの店員は一言もそんなこと言ってなかったぞー」
とぼやきながら、この歳になってキャラクターショーなぞ見るなんて、と思いもよらぬ展開にとまどいつつ、ちょっと照れ笑いを浮かべたりしてたのでした。
(ちなみに兄弟3人とも、キャラクターショーを見るのはこの時が初めてだったんですよね)
しかーし。
「これ、どうするんだろ…」
と、3人の表情はすぐに引きつったものへと変わりました。だって、よく考えるとお客の中にショーの対象者になりそうな子供が1人しかいなんですもん。しかも、事態はこれだけで終わりませんでした。
「うぎゃー!」
店内に響く子供の泣き声。そうなのです。たった1人しかいないメインゲストであるはずの女の子が、こともあろうに、着ぐるみたちを見て(!)、怒涛の勢いで泣きじゃくりだしたのです!
必死で泣きやまそうとする親の向こうで、ひっそり佇む着ぐるみたち。僕はそんな光景を目撃しながら、着ぐるみたちが浮かべている表面上の笑顔の奥に、”中の人”の表情を見いだしていました。おそらくそれは、「ちびまる子ちゃん」のような縦線を顔いっぱいに浮かべ、困惑しているだろうと。そんなことを勝手に思い、気の毒な気持ちになっていたのでした。
そんな”中の人”の困惑や、親の努力も無にするように、ショーの間、この子はずーっと泣いてたのでした…。
いつの間にか三谷ドラマの登場人物になっていたのだろうかと、そんな錯覚さえしてしまう気まずさ。そんな、ただならぬ空間に幽閉されてしまった僕たちにできることといえば、
「もし、自分があの着ぐるみの中の人だったらどうする…?」
「ははは…」
と、力のない会話を交わしながら、虚ろな目で、遠くの方でやっている(本当は目の前なんだけどそんな感じがした)ショーを、ただなんとなく眺めることくらいでした。
ちなみに、肝心のストーリーは全然覚えていません…。
そうして、ショーも(おそらく内容的には)ハッピーエンドを迎え、「これで山場は去ったな」と少し気を楽にしたのも束の間、新たなる不安が…。なんと着ぐるみたちが、お客のみんなと握手をしようと、席を回り始めたのです!
いや、こんなサイトをやっている今なら別にね、着ぐるみと握手なんてこっちからお願いしてしてでもらいたいくらいなんだけど、当時はね、それはないなと思ったんですよ。だってこんな歳にもなって恥ずかしいじゃないですか(^^;)。で、客といっても3組ですよ。すぐまわってきます。カップルや家族は記念になるから握手したっていいと思うんです。それに姉や妹だって…。ということは客の中で着ぐるみとの握手が似合わないのって、明らかに僕だけなんですよ。
まあ、着ぐるみの中の人だって、こんな男と握手なんかしたくないだろうと。関心なさそうにしてれば通り過ぎてくれるさ、ははは…。この時の心境はこんな感じでした。
そしていよいよ3組目の僕らの席にハリー・ホークの着ぐるみがやって来ました。姉と妹は、ショーを見てた時の引きつった顔はどこへやら、キャッキャはしゃぎながら握手してもらってます。一方僕は、視線を着ぐるみに合わさないように窓の方へとやり、テーブルに片肘ついちゃったりして完璧に無関心を決め込みモードです。
でも。でも見えたんですよ。視界の隅に、僕のほうへと向けられた、ふかふかで大きくて毛羽立った右手が!!!
(うわあああ。これどうすりゃいいんだぁ。)
恐る恐る、ちらっと着ぐるみのほうへ目をやると、そこには右手を僕のほうへと差し出しつつ、左手は口のところへやり、ちょっと首をかしげたハリー・ホークが僕を見つめていました。
それはまるで、「なんでぼくは、あくしゅしてくれないのかな?」とでも言っているかのようでした。いや、言ってたんだと思います。
無意識のうちに僕は右手を差し出していました。ハリーホークの手を握った瞬間、暖かな感触が僕の手に伝わり、それが全身を覆い尽くしていくのを感じました。
そしてやっとわかったのです。今、目の前にいるのが、着ぐるみなんかじゃ、ましてや”中の人”なんかじゃない、正真正銘のハリーホークなんだっていうことを。
↑その時、僕の目は宝物を発見した子供のように輝いていたはず。
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