かいそう

「バイバーイ!」
 
見えなくなるまで、いつまでも手を振っていたけれど、
ずっと覚えててくれるかな、ぼくのこと。
ぼくは忘れないよ。
 
 
 
コロッケにソースをかけようとするたび、
あの時のことを思い出すんだ。

ベンチで寝ている人を見るたびに、
あの時のことを思い出すんだ。

網戸がなかなか閉まらないときに、
あの時のことを思い出すんだ。

そしてもう2度と会えないことも思い出して、
悲しくなるんだ…。
 
 
 
「そんなことないよ」
 
 
どこからか声がした。
振り返ってみたけれど、誰もいない。
当たり前か、この船に乗ってるのはぼく1人だからね。
 
「ここだよ。ここにいるよ」
 
でもやっぱり声がする。それもすごい耳のそばから。
鏡を見ると頭の上になんかいた。
コンニチハ
 
 
 
なにこのヘンテコ。
などと思っているうちに、そのヘンテコはしゃべりだした。
 
「待って! ボクは虫じゃないよ。殺さないでね」
 
「殺しはしないよ。で、キミは誰?」
 
「ボクのことはいいから、きみのことこそこのボクに教えてよ」
 
「え、いやだよ」
 
「じゃあ、ボクもいいよ」
 
「ここ、ぼくの船だから、出てってくれる?」
 
「出てって…、外は宇宙だよね? 出たら死ぬよね?
やっぱりきみはボクを殺そうとしてる! ウワーン!」
 
「殺さないから。で、キミはなんでここにいるの?」
 
「なんでって言うか、ずっとここにいるのさ」
 
「ずっと?」
 
「ボクは普段は見えないけど、いつもここにいるんだ。」
 
「いつもいるの?」
 
「そだよ。だからきみの恥ずかしいことも知ってるよ」
 
「ぼくは恥ずかしいことなんてしないよっ」
 
「へー、ならいいけど」
 
「で、キミはずっと姿を消していたのに、
なんで今日はぼくの目の前に出てきたのさ?」
 
「それは、きみが出てきてほしそうにしてたからだよ」
 
「ぼくが?」
 
「そう。なんかね、さみしそうだったから。
でも安心してね。いつもきみのそばにはボクがいるから」
 
「別にさみしくないから、いてくれなくていいよ」
 
「またまた強がり言って。
あ、そろそろ時間切れだ。
ぼくはそろそろ消えるけど、ま、そう言うことなんで。
じゃあまたね!」
 
そう言うと、ヘンテコなキミは
手を振りながら、消えた。
 
 
 
 
 
でも、ずっといるそうです。

にちじょう

穴ぼこの中に頭を突っ込んだまま、
たくさんの季節が過ぎ去りました。
(でもずっと穴の中なので、その移り変わりを見ることはできませんでした)
 
 
もぐらくんという子とお友達になりました。
 
 
もぐらくんは、もぐらの男の子です。
ある日、地面を掘ってぼくが頭を突っ込んでいる穴までたどり着いたのでした。
 
もぐらくんは、ぼくのことを気に入ってくれたみたいで、
時々現れては、一緒に遊んだりするようになりました。
 
 
『もぐらたたきごっこ』という遊びをよくしていました。
 
 
そのうちもぐらくんは、大事なことを相談してくるようになりました。
もぐらの世界の派閥争いのこととか、
病気のお母さんのこととか、いろいろです。
ぼくは基本的に聞き役に徹するのみだったけど、
たまに思ったことをしゃべることもありました。
 
 
ある時、もぐらくんはぼくにこういいました。
「結婚して、子供が生まれるんだ」と。
いつの間にか、もうそんなお年頃だったんですね。
 
それからは、ぼくのところへは
ほとんど遊びに来てくれなくなりましたが、
たまに来ては、子供の成長のこととか、嬉しそうに話してくれました。
 
 
 
 
 
 
ある日、ぼくの目の前に小さな子もぐらが姿を現しました。
もぐらくん以外のもぐらに会うのは、この時がはじめてでした。
そして、この小さな子もぐらが、もぐらくんの子供だということが
すぐにわかりました。
最初に出会った頃のもぐらくんと、瓜二つだったからです。
まったく同じと言ってもいいくらいでした。
 
その子はぼくに言いました。
父が死んだのでここにお墓を作りたいと。
そう言うのでした。
 
そして、穴に頭を突っ込んだままのぼくの目の前で、
もぐらくんのお葬式が執り行われていきました。
 
ずっと地面の中に住んでいるもぐらでも、
最後は土の中に埋めるんだなぁ。
 
そんな感じで、目の前の光景を、ただ淡々と見つめるしかないのでした。
 
すべてが終わると、子もぐらはぺこりと1回頭を下げて
穴の奥へと消えていきました。
 
 
 
 
 
 
あたりが寂聴に包まれます。
いや、違いました。静寂でした。
 
そんな静寂が、ずっと、ずっと、続きます。
 
耳が「キーン」としてきます。
 
えーっと、ぼくは、何をしていたんだっけ。と、思いました。
 
 
ぼくは両手に力を込めました。
その手で地面をつかみます。
勢いをつけ、穴の中から頭を引っこ抜きました。
 
すごいぶりに見る太陽です。
ものすごく、まぶしかったのでした。